仕組みで売れる体制づくり「営業の成約達人」の仕組みの作り方-第505話 その個人目標、社員は「自分の数字」だと思っていますか。納得感が営業を変える
「今期の目標、承知しました。頑張ります」
「まあ、決まったことですから」
「去年より一割増、ですよね。分かりました」
「……ところで、この数字って、誰がどうやって決めたんですか」
期初の営業会議。社長が一人ひとりの個人目標を読み上げた直後の、あの静かな反応です。
誰も反論しません。声を荒げる者もいません。むしろ、実に素直です。
しかし、その素直さこそが、いちばん危険な兆候かもしれません。
反論がないのは納得しているからではなく、最初から自分の数字だと思っていないからです。
他人が決めた数字に、人は本気で反論しません。反論するのは、自分事だと思っている人だけなのです。
セクション1:経営者が陥る「配れば伝わる」という錯覚
先日、ある製造業の社長からこんなご相談をいただきました。
「先生、うちは目標の立案と展開を毎年ちゃんとやっているんです。全社の目標を決めて、それを担当者ごとにきちんと割り振って、期初に一人ひとりに手渡している。なのに、期末になると必ず未達なんですよ」
私はこうお尋ねしました。
「社長、その『割り振る』作業には、何時間かけていらっしゃいますか」
「そうですね……私と部長で、半日ほどでしょうか。前年実績と担当先の規模を見ながら、不公平にならないよう慎重にやっています」
「では、その数字を渡したあと、社員の方が『自分はこの数字をどう取るか』を語る時間は、何時間ありますか」
社長はしばらく黙り込み、こうおっしゃいました。
「……渡して、終わりですね。あとは各自でやってくれ、と」
ここに落とし穴があります。
多くの経営者は、目標配分という作業を丁寧にやればやるほど、伝わるはずだと信じています。
公平に、慎重に、根拠を持って配る。その努力は本物です。
けれども、配分の精度を上げることと、社員が納得することは、まったく別の話です。
いつの間にか「正しく配ること」が目的にすり替わり、「本人が引き受けること」という本来の目的が抜け落ちています。
あなたの会社では、目標を配る時間と、社員がその目標を語る時間、どちらが長くなっていますか。
セクション2:配った数字が組織を蝕む「4つの逆流」
納得のないまま配られた数字は、静かに、しかし確実に組織を逆流していきます。
①数字が「借り物」になる
期初、手帳に目標額を書き写す営業担当者。
その字は丁寧です。
ただし、書いているのは自分の決意ではなく、上から降りてきた数値です。
書き写した瞬間、その数字は預かり物になります。
預かり物は、落としても自分の傷にはなりません。
②未達の理由が「外側」に溜まる
月次会議で報告される言葉が、少しずつ変わっていきます。
「取れませんでした」から「あの客先が動かなくて」へ。
「動かなくて」から「そもそもこの目標が」へ。
責任の所在が、じわじわと自分の外側に移っていきます。
誰も嘘はついていません。ただ、当事者がいなくなっていくのです。

③行きやすい顧客だけが埋まる
数字だけを問われる状況で、人は最短距離を選びます。
付き合いの長い、話の早い、会いやすい顧客への訪問回数が増えていきます。
日報の訪問件数は落ちません。むしろ増えます。
しかし、本当に開拓すべき相手のページだけが、いつまでも白いままです。
④ベテランと若手の断絶が生まれる
ベテランは既存の優良顧客を抱え、動かなくても数字が立ちます。
若手には難易度の高い新規開拓が回されます。表面上は公平な配分です。
ところが実態は、楽な数字と、しんどい数字が分かれているだけです。
若手は挫折を積み上げ、三年で去っていきます。
この4つが一巡すると、組織には「数字は上から降ってくるもの」という空気が定着します。
そうなってからでは、どんな管理ツールを入れても効きません。
セクション3:【実録事例】産業用機器メーカーが経験した「借り物の数字の時期」と「腹が決まった日」
多品種の産業用ポンプ・バルブを受注生産している、ある機器メーカーでの話です。
借り物の数字の時期
この会社の営業担当者が抱える顧客は、大手プラント案件から町工場の補修部品まで、案件規模に十倍以上の開きがありました。
社長は毎年、担当先の実績を積み上げ、前年比で一律に上乗せする形で個人目標を決めていました。
期初のミーティングは十五分で終わります。
目標一覧表を配り、「今期もよろしく頼む」と伝えて解散。
誰も質問しません。社長はそれを「浸透している証拠」だと受け取っていました。
しかし数字は三年連続で未達でした。しかも未達の中身が悪い。
案件規模の大きい担当者は目標を軽々と超え、規模の小さい担当者は毎月苦しむ。
同じ「一割増」でも、背負っている重さがまるで違ったのです。
若手の一人が退職する際、面談でこう漏らしました。
「目標が高いのが嫌だったんじゃないんです。この数字が、どこから来たのか、最後まで分からなかったんです」
社長はこの言葉が忘れられなかったそうです。
腹が決まった日
翌期、社長は配分表を作るのをやめました。
正確に言えば、作るタイミングを後ろにずらしたのです。
取り組んだのは、次の3つでした。
1つ目は、配る前に語らせたことです。
目標を提示する前に、一人三十分の時間を取り、「来期、どの顧客で、何を仕掛けられそうか」を本人の口から語ってもらいました。
数字ではなく、顧客名と打ち手です。最初は誰も語れませんでした。
二回目から、少しずつ言葉が出てきました。
2つ目は、目標を二層に分けたことです。
積み上げで見込める分と、意志で取りにいく分。
前者は担当先の実力差をそのまま認め、後者は本人が語った打ち手をもとに一緒に決めました。
全員の合計が全社目標に届かない部分は、社長が引き受けると明言しました。
3つ目は、月次会議の主語を変えたことです。
「達成率は何%か」ではなく、「先月語った打ち手は、どこまで進んだか」を問う場に切り替えました。
未達を責める場ではなく、仮説を持ち寄る場になりました。
半年後、社長はこう話してくれました。
「数字を下げたわけじゃないんです。むしろ総額は増えました。変わったのは、会議で誰かが黙り込む時間がなくなったこと。あれは、聞かれても答えようがなかったんですね」
セクション4:逆説的な真実──バトンは、止まっている手には渡らない
ここで、リレー競技を思い出してみてください。
四百メートルリレーには、バトンを受け渡すための区間があります。
テイク・オーバー・ゾーンと呼ばれる、約三十メートルの助走区間です。
ここで初めて、走者から走者へバトンが渡ります。
重要なのは、受け取る側もすでに走り出しているという点です。
止まっている人の手にバトンを押し込めば、渡した瞬間に減速し、下手をすれば落とします。
渡す側も走り、受け取る側も走り、速度が揃ったところで初めて、バトンは繋がります。
目標配分も、まったく同じ構造です。
多くの会社は、立ち止まっている社員の手のひらに、数字という重いバトンを置いています
そして「渡した」と思っています。
ところが受け取った側は、なぜ自分がそれを持たされたのか分からないまま、重さだけを感じているのです。
目標とは、渡すものではなく、受け取ってもらうものです。
助走とは何か。
それは、本人が「来期、自分はこの顧客に何を仕掛けるか」を自分の言葉で語る時間のことです。
この助走が三十秒でもあれば、同じ数字がまったく違う重さに変わります。
配分表の精度を1%上げる努力より、助走を一回設ける工夫のほうが、はるかに効きます。
セクション5:処方箋──今日から、たった1つだけ
明日から全部を変える必要はありません。今日から着手できることを、1つだけお伝えします。
目標を伝える前に、「聞く場」を一度だけ設けてください。
やり方はごく簡単です。
一人あたり十五分で構いません。数字の話は一切せず、こう尋ねます。
「来期、どのお客様で、何ができそうですか」
それだけです。
答えられなくても構いません。
むしろ、答えられないという事実が分かることに意味があります。
答えに詰まったなら、それは本人の能力の問題ではなく、考える材料が組織から提供されていないというサインだからです。
そして、この場で出てきた言葉を、必ず全員に共有してください。
「Aさんはこの顧客にこう仕掛けるらしい」という情報が回り始めると、他のメンバーの中に「では自分は」という問いが生まれます。
気づきの共有とは、そういうことです。
この場づくりは、コストがかかりません。
必要なのは、配分表を作る前に手を止める勇気だけです。
まとめ
目標が未達に終わる原因を、社員のやる気や能力に求めてしまうと、打ち手が見つかりません。
精神論に逃げるしかなくなります。
しかし、原因が配り方の順序にあるのだとすれば、話はまったく変わります。
順序は、今日から変えられるからです。
配ってから語らせるのではなく、語らせてから配る。
たったそれだけの入れ替えで、同じ数字が「借り物」から「自分の数字」に変わります。
その目標、社員は受け取りましたか。それとも、置かれただけですか。
もし少しでも思い当たるところがあるなら、そのまま放置しないでください。
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