仕組みで売れる体制づくり「営業の成約達人」の仕組みの作り方-第504話 ベテラン営業に教えさせるな。判断の軸を承継する中小企業の新常識
「あの案件、田中さんに聞かないと分からないんです」
「ベテランに若手を同行させているのに、何年経っても一人前にならない」
「引き継ぎ資料は作らせた。でも、資料を読んでも売れるようにはならない」
「あと数年で定年。あの人の頭の中を、誰も受け取れていない」
あなたの会社でも、似たような言葉が交わされていないでしょうか。
正直に申し上げます。
このまま「同行」と「引き継ぎ資料」だけを続けても、ベテランの営業ノウハウは承継されません。
それどころか、ベテランが退職した瞬間、売上と一緒に会社の財産が静かに消えていきます。
なぜ、教えているのに伝わらないのか。
今回は、その根本原因と、ベテランの頭の中を組織の財産に変えるための具体的な道筋につてお話しします。
セクション1:経営者が陥る「背中で教える」という罠
ある製造業メーカーの社長から、こんな相談を受けました。
社長:「先生、うちのベテランの田中に若手を2年間同行させているんです。でも、若手が一人で行くと、まったく注文が取れなくて」
私:「田中さんは、同行中に何を教えておられるのですか」
社長:「商談を見せています。あれだけ間近で見ていれば、普通は盗めるものでしょう」
私:「では社長、田中さんに聞いてみてください。『あのお客様のところで、なぜあの話題から入ったのか』と」
社長:「……そういえば、理由を聞いたことは一度もありませんね」
私:「おそらく田中さんご本人も、うまく答えられないと思います。長年の経験で身についた判断は、本人の中では『当たり前』になっていて、言葉になっていないからです。見せているのは商談という『結果』だけで、その手前にある『判断』は、見えないまま隠れているのです」
これが「背中で教える」という罠です。
多くの経営者は、優秀なベテランに若手を付ければ技能は移ると考えます。
しかし、若手に見えているのはベテランの行動だけです。
その行動を選んだ理由、つまり判断の軸は、背中からは決して見えません。
見せることと、渡すことは、まったく別の行為なのです。
セクション2:ノウハウが消えていく「4段階の静かな流出」
技能承継に失敗する会社は、気づかないうちに次の悪循環を回しています。
①「ベテランに任せておけば大丈夫」と考える
「社内で一番売れているのだから、教えるのも一番うまいはずだ」
経営者はそう思い込み、承継をベテラン個人に丸投げします。
この時点で、承継は「仕組み」ではなく「善意」に依存し始めています。
②同行と引き継ぎ資料で「やったつもり」になる
若手が商談に同席し、顧客リストと過去の経緯をまとめた資料が作られます。
書類上、引き継ぎは完了です。
しかし資料に書かれているのは「誰に何を売ったか」という記録だけで、「なぜそう動いたか」はどこにも書かれていません。
③若手が独り立ちした途端、成果が出なくなる
一人で訪問した若手は、ベテランと同じ順番で、同じ説明をします。
それでも顧客の反応は冷たいままです。
同じことをしているのに、結果だけが違うのです。
若手は「自分にはセンスがない」と思い込み、自信を失っていきます。
④結局ベテランに案件が戻り、依存が深まる
「やっぱり田中さんじゃないと」と、重要案件はベテランに再集中します。
ベテランは多忙になり、教える時間はさらに減っていきます。
そして定年の日は、確実に近づいてきます。
組織は何も受け取れないまま、時間だけが流れていくのです。
あなたの会社は、いまこの4段階のどこにいるでしょうか。
セクション3:【実録事例】製造業メーカーが経験した「背中頼みの時代」と「言葉が生まれた日」
背中頼みの時代:同行2年、何も残らなかった
関西圏の製造業メーカーの事例です。
自社で製造した部品を、顧客企業の工場に直接納めている会社です。
代表の島田社長(仮名)には、深刻な悩みがありました。
売上の4割を支えるベテランの田中さん(勤続28年)が、5年後に定年を迎えるのです。
田中さんの強みは、顧客の工場を訪ねたとき、現場を少し歩いただけで「この工場は近々、生産ラインを変えるな」と察知する眼でした。
その読みをもとに先回りの提案をするため、競合より常に一歩早いのです。
島田社長は2年間、若手2名を田中さんに同行させました。
しかし若手が一人で訪問すると、提案の糸口すらつかめません。
「田中さんの真似をしているつもりなのですが、何を見ればいいのか分からないんです」
若手のこの一言に、社長は頭を抱えました。
言葉が生まれた日:「何を見ているか」を問い始めた
転機は、問いの立て方を変えたことでした。
私は島田社長にこう提案しました。
「田中さんに『教えてくれ』と頼むのをやめてください。
代わりに、『昨日の工場で、最初の5分間に何を見ていたのか』と、具体的な場面を一つだけ聞いてください」
すると、驚くことが起きました。
田中さんの口から、「段ボールの空き箱の積まれ方を見れば、生産量の増減が分かる」、「工場長が案内してくれる順路が変わったら、レイアウト変更のサインだ」といった判断基準が、次々と言葉になって出てきたのです。
田中さん自身が一番驚いていました。
「こんなことは当たり前すぎて、教えることだとは思っていませんでした」
島田社長が実践した3ステップは、次の通りです。
ステップ1:場面を絞った「振り返りの問いかけ」を週1回30分行います。
「なぜ売れたか」ではなく「あの場面で何を見て、何を考えたか」だけを聞きます。
ステップ2:出てきた判断基準を「観察のチェックリスト」に落とし込みます。
田中さんの言葉のままではなく、若手が明日から使える問いの形に書き直します。
ステップ3:若手がチェックリストを使って訪問し、気づいたことを週次で共有します。
うまく読めなかった場面こそ、田中さんに解説してもらう題材にします。
半年後、若手の一人が自力で先回り提案を成功させました。
島田社長はこう語っています。
「28年分の経験を全部渡すのは無理です。でも、田中の『眼のつけどころ』だけなら、言葉にして渡せる。それが分かった日から、定年は恐怖ではなくなりました」
セクション4:逆説的な真実:承継すべきは「答え」ではなく「炎の色の読み方」
ここで、多くの経営者が信じている常識を疑ってみてください。
「ベテランの知識と経験を、できるだけ多く若手に教え込めば、技能は承継される」
この発想には、根本的な誤りがあります。
承継すべきは、ベテランが持つ膨大な「答え」ではありません。
答えを導き出すときの「判断の軸」です。
刀鍛冶の世界では、鋼を熱する温度を温度計では測らず、炎と鋼の色で見極めると言われます。
弟子に一千本の刀の作り方を暗記させても、名工は育ちません。
しかし「この色になったら打て」という色の読み方さえ渡せれば、弟子は初めて見る鋼にも対応できるようになります。
営業も同じです。
顧客ごとの攻略法という「答え」は、顧客の数だけ無限にあり、すべてを教えることは不可能です。
しかし「顧客の何を見て、何を判断するか」という軸は有限であり、言語化さえすれば渡すことができます。
ベテランに教えさせてはいけない理由が、ここにあります。
教えようとすると、ベテランは自分の成功体験という「答え」を語ってしまうからです。
必要なのは教えることではなく、問われて言葉にすることなのです。

セクション5:処方箋——今日からできる、たった一つのこと
「では、何から始めればいいのか」。答えは一つに絞ります。
今週、ベテラン営業に「先週の訪問で、最初に何を見たか」を一つだけ聞いてください。
研修の企画も、マニュアルの整備も、まだ必要ありません。
まず必要なのは、ベテランの頭の中を言葉にするための「場づくり」です。
週に一度、30分。場面を一つに絞って問いかける。
出てきた言葉を、若手と一緒に書き留める。
この「気づきの共有」を繰り返すだけで、暗黙知は少しずつ組織の言葉に変わっていきます。
最初のうちは「なんとなくだよ」としか返ってこないかもしれません。
それで構いません。
なんとなくの中身を一緒に掘り起こす時間こそが、承継の本体だからです。
あなたの会社には、ベテランの「眼のつけどころ」を言葉にする場があるでしょうか。
まとめ:その勘、あの人と一緒に定年させますか。
今回の内容を整理します。
・ベテランの背中を見せるだけでは、技能は承継されません。見えているのは行動だけで、判断の軸は見えないからです。
・同行と引き継ぎ資料は「やったつもり」を生み、依存を深める悪循環につながります。
・承継すべきは膨大な「答え」ではなく、「何を見て、何を判断するか」という軸です。
・最初の一歩は、場面を絞った週30分の問いかけの場をつくることです。
「うちのベテランが辞めたら、この売上は守れないかもしれない」
その予感は、手を打たなければ高い確率で現実になります。
ただし、必要なのは焦って教育プログラムを買うことではなく、判断の軸を言葉にする仕組みを社内につくることです。
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