仕組みで売れる体制づくり「営業の成約達人」の仕組みの作り方-第511話 引き継いだのは案件だけ。お客様は課長についていった
「その件は、課長さんが戻られてからで結構です」とお客様に言われた。
若手を同行させても、お客様は最後まで課長のほうを見て話している。
引き継ぎ書は作らせた。それでも、更新の話がぴたりと止まった。
「担当が替わるなら、この機会に一度見直します」と言われた。
このうちのどれか一つでも心当たりがあるなら、この記事は最後まで読んでください。
案件は引き継げます。
見積の履歴も、過去の取引条件も、訪問記録も、書類にすれば渡せます。
ですが、お客様だけは引き継げていません。
なぜなら、お客様が取引しているのは御社ではなく、あの課長個人だからです。
経営者が陥る「案件さえ落とさなければいい」という罠
ある業務用資材の卸売業の社長と、こんな話になりました。
「うちの営業課長は優秀でしてね。若手が危なくしている案件は、全部拾ってくれるんです」
私はこう聞きました。
「その案件は、次に誰が拾うんですか」
社長は少し黙ってから、「……それは、まあ、課長が」と答えました。
ここに落とし穴があります。
営業課長が案件を巻き取ること自体は、悪いことではありません。
目の前の一件を落とせば、その年の数字が崩れます。
問題は、巻き取る目的がいつのまにか「この案件を落とさないこと」に固定されてしまうことです。
本来の目的は違います。
巻き取りの目的は、その案件を落とさないことではなく、そのお客様を会社のお客様のままにしておくことです。
ところが数字だけを見ていると、この差は見えません。
更新率は高い。失注は少ない。
その数字が、たった一人の在籍を前提にして成り立っていることに、誰も気づかないのです。
営業の属人化とは、売れる人が一人しかいない状態のことではありません。
その人が抱えているお客様が、会社のお客様になっていない状態のことです。
あなたの会社の更新率は、来年その課長がいなくても同じ数字になりますか。
お客様の中で社名が消えていく「四つの連鎖」
巻き取りが続くと、お客様の側で順番に変化が起きます。
社内では何も変わっていないように見えます。
変わっているのは、いつも先にお客様のほうです。
営業の人数が限られる中小企業では、この変化がとくに速く進みます。
① お客様が、社名ではなく個人名で呼び始める
最初の変化は、呼び名に出ます。
「この資材は御社にお願いしている」だったものが、「これは課長さんのところに頼んでいる」に変わります。
社内会議でも、お客様の担当者は「あの課長さんに聞いてみます」と言うようになります。
この時点では、社長は喜びます。
信頼されている証拠だ、と受け取るからです。
しかしこれは、お客様の頭の中で、御社の看板が個人名に置き換わった最初の合図です。
② お客様の連絡先が、会社から課長の携帯に移る
次に、連絡経路が変わります。
急ぎの補充依頼が、代表番号ではなく課長の携帯に直接入るようになります。
対応は速くなります。
お客様も助かる。課長も、自分が動いたほうが早いと感じる。
ですが、この瞬間から、その依頼が来ていたことすら会社は知らなくなります。
社内の記録に残らないやり取りが、月に何件も積み上がっていきます。
③ お客様が、本当の話を課長にしか出さなくなる
ここが分かれ目です。
新しいラインを立ち上げる予定がある。
来期から使う資材を切り替えることを検討している。
こうした話は、雑談の延長で漏れるものです。
そして人は、雑談を「会社」にはしません。
信頼している個人にしか、まだ決まっていない話はしないのです。
その結果、御社にとって一番早く知っておくべき情報が、課長の頭の中だけに溜まっていきます。
会社の側には、決まったあとの発注書しか届きません。
④ お客様が、課長がいない日は待つことを覚える
最後の段階です。
課長が不在の日に若手が訪問すると、お客様はこう言います。
「急ぎませんので、課長さんが戻られてからで結構です」
これは冷たくされているのではありません。
お客様は親切心で言っています。
若手に話しても話が進まないことを、何度かの経験から学習してしまっただけです。
ここまで来ると、取引を続ける理由が会社ではなく個人に紐づいています。
その課長が担当を外れた瞬間、お客様の側には御社と取引を続ける理由が一つも残っていません。
【実録事例】業務用資材の卸売業C社
呼ばれていたのは、会社ではなく個人名だった
C社の営業課長は、社内で最も数字を持っていました。
若手が失注しかけた案件を次々に巻き取り、更新率は社内でも群を抜いていました。
社長も頼りにしていました。
異変が出たのは、その課長が体調を崩して二週間現場を離れたときです。
複数社の年度見直しの面談が、同時に止まりました。
若手が代わりに訪問すると、どの会社でも同じことを言われます。
「課長さんが戻られてからで結構です」
さらに後になって、一社が半年前からラインの増設を進めていたことが分かりました。
課長は聞いていました。
しかし社内では、社長を含めて誰も知りませんでした。
その後、担当を若手に替えた一社が、更新のタイミングで他社に切り替わります。
社長は「引き継ぎ書が甘かった」と判断しました。
引き継ぎ書の書式を厚くし、訪問履歴の記入欄も増やしました。
それでも、次の一社が同じ形で離れていきました。
お客様が「御社に」と言い直すまで
書式を厚くしても止まらないと分かったとき、社長がようやく気づいたことがあります。
問題は巻き取ったことではなく、巻き取ったあと、そのお客様が今どこにいるのかを会社の誰も知らなかったことでした。
案件は守られていました。
ですがお客様は、いつのまにか会社の外に置かれていたのです。
C社が変えたのは、次の三つです。
一つ目は、案件を巻き取ったその場で、営業会議の板に一行だけ載せることにしました。
誰のお客様を、なぜ自分が持っているのか。それだけです。
二つ目は、顧客訪問に必ず二人目の顔を出すことにしました。
同席させるだけでは意味がありません。
次に何をするかの一手だけは、その場で若手に口に出させました。
三つ目は、お客様から聞いた予定と懸案を、課長の頭ではなく顧客ごとの一枚に移すことにしました。
決まった話ではなく、まだ決まっていない話こそ書く、というのが条件でした。
半年後、若手が単独で訪問した先で、お客様がこう言ったそうです。
「では、その件は御社にお願いします」
社長は後にこう振り返っています。
「うちは、お客様を課長に預けていただけでした」
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引き継ぎ書ではなく、顧客が会社に残る形をどう作るかを整理したものです。
逆説的な真実——合鍵を一本しか作らなかった会社
お客様との関係は、家の鍵に似ています。
玄関の外までは、誰でも行けます。
ですが、中に上がって家族の予定まで聞けるのは、鍵を持っている人だけです。
巻き取りを繰り返した会社は、この鍵を一本しか作っていません。
課長は鍵を持って中に入り、必要なものを受け取ってくる。
会社は玄関の前で待っている。
鍵を増やすというのは、課長から鍵を取り上げることではなく、同じ形の鍵をもう一本削ることです。
では、どうすれば二本目が削れるのか。
ここで効いてくるのが、その仕事の目的をどこに置くかです。
昔、家電販売の営業に同行したことがあります。
六月にエアコンの点検で顧客を回る場面で、二人の営業に明確な差が出ました。
一人は「点検をこなす」ことを目的にして回り、もう一人は「夏の繁忙期に修理で呼ばれないよう、今のうちに潰しておく」ことを目的にして回っていました。
同じ訪問先を、同じ時間だけ回っています。
それでも、残るものがまったく違いました。
考え方という言葉が難しければ、こう置き換えてください。
その仕事をする目的は、何ですか。
巻き取りもまったく同じです。
目的が「この案件を守る」であれば、鍵は一本のままで足ります。
目的が「このお客様を、来年も会社と話し続ける状態にする」に変われば、同じ巻き取りでもやることが変わります。
処方箋——巻き取った瞬間に、三つだけ声に出す
明日から一つだけ試していただきたいことがあります。
次に案件を巻き取ったとき、その場で三つを声に出す。
これだけです。
やり方を出し惜しみせず、そのままお渡しします。
①「この件は、今日から私が持ちます」と報告する
巻き取った瞬間に、上司と関連部署に対して、自分が持つことを宣言します。
黙って処理しないことが肝心です。
この一言だけで、そのお客様が今どこにいるのかが、会社の側に戻ってきます。
② なぜ自分が持つのかを、理由まで言う
「先方の担当者が代わったばかりで、条件の詰めが難しいから」
「増設の話が動いていて、判断の材料がまだ社内に揃っていないから」
理由を言葉にすると、どういうときに上が出るのかという基準が、課長の頭から出て組織の側に残ります。
言わなければ、基準はいつまでも本人の中にしかありません。
③ 部下に「次は、こうやってください」と手順で渡す
三つ目が抜けると、すべてが台無しになります。
理由まで説明して安心してしまうと、部下は「あの人に言っておけばいい」と覚えます。
そうなれば、鍵は永久に一本のままです。
巻き取った瞬間に、返す前提を宣言してしまう。
次はどうやるのかを手順で渡すところまでが、巻き取りという行為の完成形です。
まとめ
三つを声に出すと、翌週に必ず起きることがあります。
「あの件、どうなりましたか」と聞かれるのです。
一度宣言した以上、状況を返さなければなりません。
そしてここで、多くの会社が同じ壁に当たります。
言い方は分かった。三つも言えた。
ですが、それを毎週返す場が社内にないのです。
営業会議には数字の欄はあっても、今どの案件が誰の手元に預けられているかを見る欄がありません。
三つを言い続けるには、その一言が置かれる場所がいります。
引き継ぎ書は作らせた。それでも更新の話が止まった。
冒頭のその状態が起きるのは、書類が薄いからではありません。
お客様の居場所を、会社が持っていないからです。
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