仕組みで売れる体制づくり「営業の成約達人」の仕組みの作り方-第508話 優秀な右腕を選んだはずが、社長が一番忙しいままの会社
「一番売る社員を課長にしたのに、私の仕事はひとつも減っていない」
「部下が課長に相談し、その課長が結局、私に相談してくる」
「あの一人が抜けたら、来月の売上はどうなるのか」
こうした言葉が頭をよぎったことが、一度でもありませんか。
もしあるなら、この先を読み進めてください。
先に申し上げておきます。
この記事は、あなたの人選が間違っていたと責めるためのものではありません。
一番売る社員を右腕に据えた社長は、会社の先を真剣に考えていた方です。
ただし、原因を取り違えたままにしておくと、抜擢したその本人が先に潰れます。
そして本人が辞めたとき、会社には売上も、育った部下も残りません。
経営者が陥る「成績で選ぶ」という罠
先日、ある製造メーカーの社長から、こんなご相談をいただきました。
社長「うちで一番売る社員を、営業課長にしました。数字も人望もある、文句のない人選のはずです」
私「抜擢されてから、社長のご負担は減りましたか」
社長「それが、減っていないんです。むしろ増えました」
私「何が増えましたか」
社長「課長が抱えきれなくなった案件と、部下が課長に聞けなかった相談です。どちらも最後は私の机に来ます」
私「社長は、右腕をつくろうとされたのですよね」
社長「もちろん、そのつもりです」
私「では、あの日決められたのは、右腕をつくることでしたか。それとも、役職をつけることでしたか」
社長は、しばらく黙っておられました。
ここに、多くの中小企業がはまる落とし穴があります。
本来の目的は、社長が細部まで指示しなくても営業が動く状態をつくることでした。
役職を与えることは、そのための手段のひとつにすぎません。
ところが辞令を出した瞬間、右腕づくりという課題そのものが完了したことになってしまいます。
役職は、右腕をつくる作業の入口であって、出口ではありません。
もうひとつ、見落とされがちな点があります。
選定の基準が、営業成績と客先の信頼、その二つしかなかったことです。
なぜ二つしかなかったのか。
それ以外の判断材料を、社長が持っていなかったからです。
優秀な右腕を選んだつもりで、実際には「一番よく売る人」を選んでいただけという会社は、決して珍しくありません。
負荷が社長に戻ってくる「四つの逆流」
抜擢の後、会社の中では静かに四つのことが起きます。
担当先を、一社も手放せない
新しい課長は、まず自分の得意先を守ろうとします。
長年かけて築いた関係ですから、当然です。
引き継ぎの話は出るのですが、「あそこはまだ私が行かないと」で先送りになります。
こうして、役職だけが増え、仕事は一件も減りません。
部下が「聞けば早い」を覚える
部下にとって、課長は最短の答えです。
見積の判断も、値引きの可否も、聞けば三十秒で返ってきます。
自分で考えて三十分悩むより、聞いたほうが速い。
部下は考えることをやめたのではなく、考える必要がなくなっただけです。
判断が、一人の頭の中で詰まる
朝から晩まで、課長の携帯が鳴り続けます。
自分の商談の合間に、部下の相談を処理する日が続きます。
返信が半日遅れ、部下は返事を待つ時間を持て余すようになります。
会社の意思決定の速度が、一人の処理能力の上限で頭打ちになります。
詰まった分が、社長の机に戻る
部下は待ちきれず、社長に直接聞きにきます。
課長は抱えきれなくなった案件を、社長に上げてきます。
気づけば社長は、抜擢する前より多くの判断を引き受けています。
エース社員への依存とは、その人が辞めたときのリスクではありません。
辞めるずっと前から、社長の時間が毎日削られ続けるという損失です。
【実録事例】法人向けに部材を供給する製造メーカーC社
重ね持ち期
C社は、顧客の使用条件に合わせて配合や仕様を組み替える技術で、長年取引を続けてきた会社でした。
一方で営業は、先代の代からの得意先を回り、現場から寄せられる技術相談に答える形が中心でした。
売上の大半は、勤続の長いベテラン営業一人が持っていました。
社長は迷わず、その人を営業課長に抜擢します。
理由は、一番売っているから。
そして、客先の信頼が厚いから。
この二つ以外に、判断の材料はありませんでした。
抜擢後、新課長は担当先を一社も手放しませんでした。
そこに部下の同行と見積確認が積み上がり、退社時刻は毎日二時間遅くなりました。
部下は「課長に聞けば早い」を覚え、仕様の判断はすべて課長を経由するようになります。
社長の負荷は減るどころか増えました。
課長が処理しきれない案件と、部下が課長に聞けなかった相談が、そのまま社長席に上がってくるようになったのです。
半年後、その課長が社長室に来て、こう言いました。
「自分には、この役割は向いていないかもしれません」
社内で一番売る社員が、社内で一番自信を失っていました。
持ち替え期
社長は当初、本人の適性を疑いました。
しかし話を聞くうちに、まったく逆のことが起きていると分かりました。
営業として優秀だったからこそ、マネジメントで詰まっていたのです。
目の前の困りごとを自分で片づける速さが、部下が考える機会をそのつど奪っていました。
売れる人ほど、教える一歩手前で自分がやってしまいます。
社長は、三つのことに着手しました。
仕事を紙の上で二つに分けた
課長の仕事を「自分で獲る仕事」と「人に獲らせる仕事」に分け、一枚の紙に書き出しました。
担当先は本人が残したい数社だけを手元に置き、残りは移管する期限を日付で決めました。
期限を決めた瞬間、初めて引き継ぎが動き始めました。
相談の受け方を、社長が実演した
「どうしましょう」に即答せず、「あなたはどう見た」を先に一度置く。
このやり取りを、社長が営業会議の場で、課長本人に対してやって見せました。
言葉で説明せず、目の前で一度やって見せたことが、最も効きました。
見る数字を入れ替えた
課長個人の売上を追うのをやめ、部下が単独で決めた受注件数を月次で見ることにしました。
見る数字を変えると、課長が自分の時間をどこに使うべきかが、指示なしで決まるようになりました。
一年後、社長はこう言いました。
「一番売る男を右腕にしたつもりで、一番売る男から、売る時間を取り上げていただけでした」
「一番売る社員を課長にしたのに、私の仕事はひとつも減っていない」
この状態を抜け出す鍵は、人選のやり直しでも、役職の付け替えでもありません。
営業という仕事を、どう分けて、どう渡すかという設計にあります。
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逆説的な真実——太い線を一本足しても、差込口は増えない
一つのコンセントに、テーブルタップを差し、そこにまた別のタップを差す。
会社の中で起きていたのは、これと同じことでした。
営業の売上も、部下の判断も、社長からの依頼も、すべて同じ一つの差込口に集まっていました。
社長がその人を選んだのは、その線が一番丈夫に見えたからです。
線が太いから落ちないのではありません。
落ちる直前まで、周りの誰も気づけないだけです。
そして、もう一つ大事なことがあります。
営業の差込口とマネジメントの差込口は、そもそも形が違います。
自分で売り切る力と、人に売らせる力は、隣り合っているようで別の能力です。
成績が一位だという事実は、マネジメント力の証明を何ひとつしていません。
ここで、マニュアルや営業の仕組みの役割がはっきりします。
仕組みは、優秀な人の代わりを機械的に作る道具ではありません。
差込口を増やすための道具です。
ものづくりの現場には、誰が作っても一定の品質になるための手順と基準があります。
同じものが、営業組織にはほとんどありません。
仕組みが入ると、これまで一人に集まっていた判断が、二人、三人と分かれて流れ始めます。
そのとき初めて、右腕は自分の役割に集中できます。
処方箋——明日、最初の一件だけ、答えを返さない
今日お渡しするのは、たった一つです。
明日、右腕の方から上がってくる相談のうち、最初の一件だけ、即答するのをやめてください。
代わりに、こう聞いてください。
「あなたは、どう見た」
相手が答えるまで、口を挟まずに待ちます。
十秒でも二十秒でも、沈黙が続いても構いません。
答えが返ってきたら、その内容をメモに一行だけ書き留めてください。
「誰の相談か」「何について」「本人の見立てはどうだったか」。
この三点だけで十分です。
そして、あなたの判断が本人の見立てとどこが違ったのかを、その場で一言伝えてください。
やるのは、待つ、聞く、一行書くの三つだけです。
やってみると、おそらく二つのことに気づかれるはずです。
一つは、本人がちゃんと自分の見立てを持っていたということ。
もう一つは、そのメモを明日以降どこに残し、他の営業にどう伝えればいいのか、行き先がないということです。
一日だけなら、できます。
しかし、それを続ける形が、どこにもありません。
この気づきこそが、右腕づくりの本当の出発点です。
まとめ
明日の一件で、あなたは自分の会社の判断がどこで詰まっているかを、その場で見ることになります。
そして、それを続けるための置き場所が社内にないことも、同時に分かります。
その置き場所をつくる作業が、営業の仕組みづくりです。
「あの一人が抜けたら来月の売上はどうなるのか」という問いを、社長が一人で数え続ける必要はありません。
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