仕組みで売れる体制づくり「営業の成約達人」の仕組みの作り方-第514話 先代のエース社員に、二代目社長は今も頭が上がらない
「Kさんに任せておけば大丈夫ですから。」
「あの人の機嫌を損ねると、現場が凍りつくんです。」
「口を出したいけど、いつも言葉を飲み込んでしまいます。」
こうした言葉を、当社は二代目経営者から何度も聞いてきました。
社長という肩書きを持ちながら、先代の代からのエース社員に、今も頭が上がらない経営者が少なくありません。
その状態を放置すると、会社は静かに、しかし確実に弱っていきます。
経営者が陥る「波風を立てない経営」という罠
ある印刷会社の二代目経営者との対話です。
「Kさんのやり方に、正直、疑問を感じることがあるんです。」
そうおっしゃる経営者に、当社はこう尋ねました。
「では、なぜ、それを本人に伝えないのですか。」
「関係が壊れるのが怖いんです。彼がへそを曲げたら、大口の得意先が離れてしまうかもしれない。」
経営者は、そう言って目を伏せました。
この言葉に、二代目経営者が陥りやすい罠が隠れています。
関係を壊さないことが、いつのまにか目的そのものになっているのです。
本来、エース社員との良好な関係は、会社を守り、成長させるための手段のはずです。
しかし、「関係を壊さないこと」自体が目的化すると、経営者は本人に何も言えなくなります。
言えないまま時間が過ぎ、現場の判断はすべてエース一人に委ねられていく。
これが、罠の入り口です。
この罠は、外からは見えません。
社内の誰もが、経営者の遠慮を、優しさだと思い込んでいるからです。
波風を立てないことは、優しさではありません。
問題を先送りしているだけだということです。
頭が上がらないまま進む「沈黙の連鎖」
経営者が頭を下げたまま黙っていると、会社の中では次の4つが静かに連鎖していきます。
① 気づいても、指摘できない
経営者はエースの見積もりや商談のやり方に違和感を持ちます。
しかし、「昔からこうだから」の一言で、話は終わってしまいます。
違和感は、口に出される前に、経営者の胸の中で消えていきます。
② 若手が、考えることをやめる
新人が困って経営者に相談しても、返ってくるのは「Kさんに聞いておいて」の一言です。
若手は自分で考える前に、答えを持っている人に頼るようになります(新人研修でも「まずは背中を見て覚えろ」としか言われません)。
③ エースの機嫌が、会社の空気を決める
エースが不機嫌な日は、事務所全体が静かになります。
電話の応対ひとつでも、Kさんの機嫌を確かめてから動くようになっていました。
経営者すら、その日の話しかけ方を選ぶようになっているということです。
④ エースが休むと、商談が止まる
出張や体調不良でエースが不在の日、代わりに対応できる人間が誰もいません。
属人化のリスクは、ここで初めて、数字となって現れます。
この4つは、それぞれ独立した問題ではありません。
一つが起きると、次が起きやすくなるという意味で、静かに連鎖しているのです。
【実録事例】印刷会社の二代目が「頭が上がらない」を手放すまで
「波風を立てない均衡」――3年間、現場は止まったまま動いていた
地方都市で、先代から事業承継した印刷会社の二代目、T社長のケースです。
先代の時代から30年、大口の得意先を一手に支えてきたのが、営業のKさんでした。
色校正の微妙な調整も、値引きの判断も、すべてKさんの経験と感覚に委ねられていました(マニュアルには、何も残っていませんでした)。
T社長は就任後、営業管理シートを導入しようとしました。
しかし、Kさんはこう言い放ちました。
「そんなものを書いている暇があったら、電話の一本でもかけろ。」
T社長は、それ以上何も言えませんでした。
若手社員も「分からなければKさんに聞け」で済まされ、誰も自分で判断しようとしなくなっていました。
入社2年目の若手が、「自分で決められることが何もない」と言って、静かに辞めていきました。
T社長は、その退職届を受け取ったときも、Kさんには結局、何も言えませんでした。
Kさんが不機嫌な日は、事務所全体の空気が張り詰めます。
会議で意見を求められても、若手はKさんの前では誰も発言しませんでした。
社長自身が、Kさんの顔色をうかがう毎日でした。
この均衡は、3年続きました。
「沈黙が破れた日」――逆説的な気づきと、3つのステップ
転機は、当社との対話の中で生まれました。
「Kさんを従わせようとするほど、うまくいかないんです。」
そうこぼすT社長に、当社はこう尋ねました。
「従わせようとする前に、Kさんに教えてくださいと頼んだことは、ありますか。」
T社長は言葉を失いました。
やってきたのは頭の中身を出させることばかりで、聞きに行くことは一度もなかったのです。
「マニュアルを書け」と迫られたKさんの本音は、「もう自分は要らないと言われている」という不安だったのかもしれません。
管理しようとするほど相手は身構え、かえって何も出てこなくなる。
これが、逆説的な気づきでした。
気づいてしまえば、単純なことでした。
相手を変えようとする前に、自分の接し方を変える必要があったのです。
そこから、T社長は次の3つに取り組みました。
1 聞く場をつくる
商談の直後に、「さっきの場面、なぜあの判断をしたんですか」と、責めずに一つだけ聞く時間を、週に一度つくりました。
2 物差しに変える
聞き出した判断基準を、「この規模の得意先なら、ここまでの値引きで粗利は守れる」といった数項目の共通言語に落とし込みました。
3 教える役に回ってもらう
若手にその共通言語を持たせて同行させ、Kさんには商談の振り返りを聞かせてもらう役をお願いしました。
半年後、Kさんは自分からこう言うようになっていました。
「これなら、俺がいなくても回るな。」
T社長は、当社にこう語っています。
「頭が上がらなかったのは、力関係の問題じゃなかったんですね。彼の頭の中を、誰も覗こうとしてこなかっただけだったんです。」
先代のエース社員に、今も頭が上がらないと感じているなら、あなたの会社にも、まだ聞きに行っていない場所が残っているかもしれません。
その頭の中にある判断基準を、誰でも使える言葉に変える方法を、無料レポートにまとめています。
逆説的な真実——ネガのまま眠る経験
写真のネガには、撮った瞬間のすべての情報が写り込んでいます。
しかし、ネガのままでは、誰にも見えません。
撮影した本人でさえ、光にかざすまで何が写っているか分からないのです。
そして、焦って暗闇の中からネガを引きずり出し、いきなり光を当てれば、像は感光して消えてしまいます(現像は、時間と手順を守って初めて像を結びます)。
エース社員の頭の中にある判断基準も、これと同じだということです。
30年分の経験という情報は、確かに焼き付いています。
しかし、現像されていないから、本人以外の誰にも見えません。
経営者が「全部出せ」と一気に迫れば、エースは態度を硬くし、かえって何も出てこなくなります。
それは、光を当ててネガの像を消してしまうのと同じことだからです。
一度感光してしまった像は、二度と元には戻りません。
あなたの会社のエース社員も、同じように、現像されないまま眠っている経験を抱えているはずです。
マニュアルや仕組みは、経験を無理やり引きずり出す道具ではありません。
安全に現像するための暗室と、時間をかけた工程を用意すること。
それが、マニュアルの本当の使い方だということです。
処方箋——今日、一つだけ聞いてみてください
たくさんの仕組みを一気に作る必要はありません。
まずこの一つを、今日の商談が終わったあとに試してみてください。
「さっきの場面、なぜあの判断をしたんですか」と、責めずに一つだけ聞いてみることです。
完璧な聞き方でなくて構いません。
詰問するような聞き方では、相手はまた口を閉ざしてしまいます。
大切なのは、聞きに行くという行動そのものだからです。
答えを急かさず、メモも取らず、ただ聞いてください(記録は、次の課題です)。
やってみると、気づくはずです。
一度聞けただけでは、何も変わらないということに。
聞いた内容を残し、繰り返す形がなければ、経験は本人の頭の中に戻っていくだけだからです。
その「続ける形」をどう作るかは、次の課題として残ります。
まとめ
先代のエース社員に、今も頭が上がらない二代目経営者は、あなただけではありません。
もう一度、大事なところなので繰り返します。
頭が上がらないのは、力関係の問題ではなく、聞きに行っていないだけかもしれないということです。
今日、一つだけ聞いてみてください。
その先に、続ける形をどう作るかという、次の壁が見えてくるはずです。
「頭が上がらない」と感じてきたその経験を、共通言語に変える具体的な手順を、無料レポートにまとめました。
判断基準を言葉にする最初の一歩として、ご活用いただければ幸いです。
あなたの会社のエース社員は、頭の中に何を焼き付けたまま、今日も現場に立っているでしょうか。
追伸)Kさんのような「厄介な人」ほど、実は聞きに行けば一番多くのことを教えてくれる人だったりします。
