仕組みで売れる体制づくり「営業の成約達人」の仕組みの作り方-第526話 「社長がいなくても回る組織」を目指すほど、社員は指示を待つ
「社長、値引きは何%までなら大丈夫ですか」
「お客様が設置日を3日早めてほしいそうですが、受けてもいいですか」
「色の変更を頼まれたのですが、どうしましょう」
出張先のホテルで、展示会のブースで、取引先との会食の途中で、経営者の携帯が鳴ります。
任せると言ったはずなのに、なぜ一つひとつ聞きに来るのかと、ため息をついたことはないでしょうか。
社員に判断を任せようとして「任せる」と口にする回数を増やすほど、この電話は減るどころか増えていきます。
原因は社員の能力でもやる気でもなく、経営者が社員に渡しているものの中身にあります。
社長が細部まで指示しなくても「回る組織」とは、どんな組織のことか?
「社長がいなくても回る組織」とは、社長が不在でも回る組織のことではなく、社長が細部まで指示しなくても社員が自分で判断できる組織のことです。
経営者がこの言葉に込めているのは、現場が自分たちで判断して動いてほしいという願いです。
ところが、この願いを「任せる」の一言で叶えようとすると、思わぬ落とし穴にはまります。
ある社長と私の会話です。
社長「うちは、もう細かいことは言わないと決めたんです。朝礼で全員に宣言しました」
私「宣言のあと、社長の携帯はどうなりましたか」
社長「……むしろ増えました。値引きも納期も、全部電話で聞いてくるんです」
私「社員の方が『ここまでは自分で決めていい』と分かる材料は、何か渡していますか」
社長「材料、ですか……。任せる、と言っただけですね」
ここに罠があります。
経営者は「任せる」と宣言した時点で、判断を渡したつもりになっています。
しかし実際に渡されたのは「任せる」という言葉だけで、何を基準に決めればよいのかという中身は、経営者の頭の中に残ったままです。
「任せる」と口にすること自体が目的になり、判断のよりどころを渡すという肝心の手段が抜け落ちているということです。
社長が「任せる」と言うほど、なぜ社員は判断を聞きに来るのか?
社長が「任せる」と言うほど社員が判断を聞きに来るのは、社員の側から見れば、聞いたほうが確実で、会社に損をさせずに済むからです。
その流れは、次の4つの段階で進みます。
①「任せる」の言葉だけが先に届く
朝礼で経営者が「これからは現場の判断に任せる」と話し、社員は前向きに受け止めながらも、どこまでが自分の判断なのかという問いを抱えたまま翌日の商談に向かいます。
②最初の判断で、社員が答え合わせをする
お客様から「もう少し安くならないか」と言われた瞬間、社員は値引きの幅を自分で決めてよいのか迷います。
間違えれば会社に損を出すと考え、商談の席をいったん外して経営者に電話をかけます。
③経営者の答えが「正解」として記憶される
経営者は「任せると言っただろう」と言いつつ、「5%までならいい」と答えを返します。
社員が覚えるのは5%という数字ではなく、本当の正解は社長が持っているという事実です。
④確認の電話が習慣になり、指示待ちが定着する
次の案件でも、その次の案件でも、社員はまず電話をかけるようになります。
経営者の目には指示待ちの社員が増えたように映りますが、社員は、聞いたほうが間違えないことを学んだだけです。
経営者は社員を信じて任せようとし、社員は会社に損をさせまいとして確認し、経営者はお客様を待たせまいとして答えを返します。
一人ひとりの誠実な行動が積み重なって、判断が経営者の机に戻り続ける流れができあがっているのです。
看板製作の会社では、「任せる」を繰り返した社長に何が起きたのか?
看板・広告物の製作を手がけるある会社で、社長が「任せる」を繰り返した結果、何が起きたのかをご紹介します。
白紙委任期
この会社の仕事は、店舗の袖看板や屋外の大型看板、展示会の装飾物を、企画から製作、現場での施工まで一貫して請け負うことです(設置の日程は、店舗の開店日や展示会の初日から逆算して決まります)。
社長は先代から引き継いだ会社を自分のやり方で動かしたいと考え、ある朝の朝礼で「これからは細かいことは言わない」と宣言しました。
その後は案件を振るたびに、「この件は君に任せる」と口にするようになります。
ところが、任せた直後から社長の携帯が鳴り始めました。
「値引きは何%までならいいですか」
「設置日を3日早めてほしいそうです。工場の段取りを変えてもいいですか」
「シートの色を変えたいと言われました。受けてもいいですか」
社長は「任せると言っただろう」と言いながら、そのたびに答えを返し、社員はそのやり取りから、本当の正解は社長が持っていると学んでいきました。
やがて社長が「任せる」と言う案件が増えるほど、社員が答え合わせをしなければならない判断も、同じだけ増えていきます。
任せた案件の一つひとつに、判断を仰ぐ電話がついてくるからです。
「任せる」と言う回数に比例して、社長の携帯が鳴る回数も増えていったのです。
秋の展示会では、自社ブースで来場者と話している最中にも携帯が震え続け、社長は通路の隅で電話を受けては戻ることを、一日に何度も繰り返しました。
当社に相談に来られたのは、ちょうどこの頃です。
境界明示期
当社がまずお伝えしたのは、社長の「任せる」は判断を渡していたのではなく、判断のよりどころを決めることを先送りしていただけだった、ということです。
「えっ、先送りですか。任せたのは私のほうなんですが」と、社長は戸惑われました。
けれども、社員が電話をかけるたびに社長が答えを返していた以上、渡したはずの判断は、その都度社長のもとへ回収されていたのです。
取り組んでいただいたのは、次の3つです。
ステップ1 判断を仰ぐ電話を1週間書き留める
社長は1週間、社員からかかってきた電話を手帳に書き留め、聞かれた判断を「値引き」「納期」「仕様」の3つの種類に分けました。
書き出してみると、電話の大半はこの3種類に収まり、同じ種類の質問が何度も繰り返されていました。
ステップ2 種類ごとに「自分で決めてよい線」と優先する順番を書き出す
次に社長は、種類ごとに「ここまでは自分で決めてよい」という線を書き出しました(値引きなら何%まで、納期なら何日の前倒しまで、という具合です)。
あわせて、線の外側で迷ったときに会社が何を優先するのか(お客様の開店日なのか、仕上がりの品質なのか)という順番も書き、全員に渡しました。
ステップ3 裏目に出ても答えを差し替えず、線を直す
線の内側で社員が決めた結果が裏目に出ても、社長は「こうすべきだった」と答えを差し替えないと決めました。
直すのは社員の判断ではなく線のほうで、「この種類はもう少し狭く」「ここは広げてよい」と、線そのものを書き換えていきました。
数か月たつと、社長の携帯に入る電話は、線の外側で本当に迷った案件の相談へと変わっていきます。
社員の第一声が、「どうしたらいいですか」から「私はこうしたいのですが」に変わったということです。
最後に社長は、こう話されました。
「任せると言っていたのは、私が決めるのを先送りしていただけでした」
任せたはずなのに鳴りやまない経営者の電話は、社員が自分で決めてよい線が渡されない限り止まりません。
鳴りやまない電話を、社員が自分で判断できる仕組みへ置き換えていく手順は、無料レポートで解説しています。
細部まで指示しなくても社員が決められる会社は、社長から何を渡されているのか?
細部まで指示しなくても社員が決められる会社では、経営者から社員へ、判断のよりどころが目に見える形で渡されています。
子どもにお小遣いを持たせて、おもちゃ屋に連れて行く場面を思い浮かべてみてください。
財布と「今日は千円まで」という上限額、そして「お菓子は買わない」というお約束を先に渡した親は、店の入り口で待っていられます。
子どもは棚の前で迷いながらも、その3つを手がかりに自分で一つを選び、レジに向かうからです。
一方で、何も渡さずに「好きなものを選んでいいよ」とだけ言った親は、子どもが商品を手に取るたびに振り返られ、「これはいい?」と聞かれ続けます。
振り返られるのは、子どもが幼いからではなく、親が財布も上限額もお約束も渡していないからです。
値引きの幅は上限額にあたるお金の線であり、迷ったときの優先順位は、買ってはいけないもののお約束にあたります。
当社では、考えて行動する人材を育てるには、考え方と見える化(共有化)と戦略・戦術の同時推進の3つを、有機的に連動させる必要があると考えています。
何を優先するかという考え方の軸を、線として紙に書いて全員で共有し、日々の案件を回しながら直し続けて、はじめて社員は自分で決められるようになります。
どれか一つでも欠ければ、社員は結局、経営者の顔を見て判断するしかありません。
指示待ちは、財布を渡されていない会社で起きる、ごく自然な反応だということです。
判断を仰ぐ電話を減らすために、社長は明日から何をすればよいか?
判断を仰ぐ電話を減らすために経営者が明日からできるのは、聞かれた瞬間に答えを返すのを止めてみることです。
明日、社員から判断を聞かれたら、答える前に「あなたならどうする?」と聞き返し、その答えが自分の答えと同じだったかを確かめてください。
聞き返す前に、経営者自身の答えを頭の中で先に決めておくことが、この方法の要です。
答えを持たないまま「どう思う?」と問うのではなく、自分の答えを持ったうえで社員の答えと照らし合わせる、という順番です。
「それでは結局、自分が決めているのと同じではないか」という声が聞こえてきそうですね。
目的は社員を試すことではなく、経営者と社員の判断がどこまで重なっているのかを確かめることにあるからです。
やってみると、多くの場面で、社員から経営者とほぼ同じ答えが返ってくるかも知れません。
社員は答えを持っていなかったのではなく、その答えで決めてよいと示す線を、誰からも渡されていなかったのです。
「任せる」と決めた社長が、次に手を付けるべきことは何か?
「任せる」と決めた経営者が次に手を付けるべきことは、社員が自分で決めてよい線と、迷ったときの優先順位を、言葉にして渡すことです。
ここは大事なので、もう一度お伝えします。
聞き返しで同じ答えが返ってきた判断は線の内側に入れてよい判断であり、ずれた判断は優先順位がまだ共有されていない判断です。
この2つを仕分けていくと、経営者の頭の中にあった判断のよりどころが、少しずつ社員の手元へ移り始めます。
ただ、線は一度配って終わりではなく、裏目に出るたびに直していかなければ中途半端に終わり、いつのまにか元の電話に戻ってしまいます。
あなたの会社では、社員が「ここまでは自分で決めていい」と言える線が、紙の上で渡されていますか。
それとも、「任せる」という言葉だけが渡されて、答えは今も経営者の携帯電話の向こう側にあるでしょうか。
任せたのに聞きに来る社員と、出張先でも鳴る経営者の電話は、無料レポートで解説している線の渡し方と直し方から変わり始めます。
追伸)明日の聞き返しで、社員の答えが経営者の答えとずれた場面があれば、その場面を手帳に残しておいてください。
そこに、次に書き出すべき線が隠れています。
